SPECIAL/ スペシャル

ジャポニスムハンドメイドシリーズ 
べっ甲

バンブーやウッドなどの天然素材を使用し、職人が1本ずつ手作業で仕上げるジャポニスムハンドメイドシリーズ。その中でも人気の高い、べっ甲フレームの魅力をご紹介いたします。

2017年3月

森鴎外や夏目漱石など、著名な文化人にゆかりのある文京区千駄木。下町風情と文化的な歴史が重なるこの町で、べっ甲のメガネフレームを製作している大澤鼈甲さんを訪ねてきました。

千駄木の街並み。道端にせんべい屋があるという風情がたまらない。

店内にはべっ甲のメガネフレームはもとより、様々なアクセサリーも並びます。

店内に入りいきなり聴こえてきたのは、社長の奥様のご趣味だというグレン・グールドのゴールドベルク変奏曲。夏目漱石にゆかりある文京区で、漱石の小説「草枕」が座右の書だというグールドのピアノを聴くという格別なお出迎え。と、いきなりボルテージが上がってしまいましたが、今回はべっ甲の魅力や素材の特徴、フレームの製造工程について、様々な視点で探っていきます。

大澤鼈甲さんは、創業者である現社長のお父様がべっ甲屋で修行をし、独立されたのが始まりで、現在の大澤社長で二代目になるそうです。べっ甲は古くから高級品の一つとして、特に長崎と東京を中心に全国に流通し、職人の技術が向上した江戸時代には、徳川家康が使用したことで有名なメガネフレームを始め、そのほかにも櫛、かんざし、帯留め、ブローチ、ボタンなどに加工され広く普及していました。

動画を見ながら、大澤社長からべっ甲フレームの製造工程をご説明いただきました。

べっ甲製品には当然、亀の甲羅を使っていますが、それはタイマイという種類のウミガメの甲羅を利用したものだけをそう呼びます。他の亀の甲羅を使った場合はべっ甲とは呼びません。国内にはタイマイ自体がほとんど生息していないため、素材は昔から輸入に頼っていたのですが、ワシントン条約によって平成3年からべっ甲の輸入が禁止され、さらに手に入りにくいものとなりました。

べっ甲の色と柄を分類したもの。大まかにこうした種類があります。

このような条件が重なり、べっ甲は非常に希少価値の高い素材となっています。そのため、現在は業界内に蓄えてきた素材でまかなっており、今後のさらなる価格の高騰、素材の希少化などが予想されます。大澤さんも在籍されている日本べっ甲協会では、石垣島にてタイマイの養殖試験を行っているそうです。

フレームの素材には、タイマイの背中の甲羅の13枚と、甲羅を囲む縁の部分で爪と呼ばれる尾の方の4枚が使われます。色は半透明で、赤みを帯びた黄色に濃褐色の斑点があり、黄色の部分が多いほど価値が高いとされています。

左は小型の剥製。外層にある鱗板を使います。

下町風情の残る街並みの中に、上品な店舗を構える大澤鼈甲さんですが、実はこの建物の2階にべっ甲フレームを作る専用の工房があります。

1階の店舗裏にある階段を上がると見えてくるのは、作業音のみが響く別世界。静寂の中、作業に打ち込む職人による作業音が、さながらサウンドアートのようにただただ美しく鳴り響きます。

2階に構えられた工房では、べっ甲フレーム製作に必要な作業の全工程を、昔の工程のまま手作業で行っています。道具も昔の職人世界を絵に描いたようなものばかり。木の桶や熱せられた鉄板であったりと、まるでガラパゴス島のように、現代が失ってしまったものが、ここには現存しています。懐かしむことさえ商材として消費される現代において、ここにはそうした世界とは無縁の領域があり、古くから伝わる所作に美が宿り、その慣れた手さばきは見ているだけで心地がよいです。

こちらが入手困難であるべっ甲の鱗板。こちらは加工前のものですが、なぜかこのような幾何学模様が浮かんでいました。北斎の「神奈川沖浪裏」の元ネタを見てしまった気分。

完成したフレームをイメージしながら重なり合う色味を考えます。プラスチックや金属での製造工程になれた目で見ると、ひとつのパートをバラバラにして製造する様は、異様にさえ映るほど。一般的な工業製品とはまったく違った製造アプローチは、多くの方が目を見張らせることでしょう。

通常のアセテートフレームのフロントやテンプルは、シート状のアセテート生地から削り出していきますが、べっ甲フレームの製法はそれとは大きく異なります。フロントは、左右のサイド、ブリッジ部分、そしてリムの下部分、テンプルもいくつかに分割し、鱗板からそれに合うよう小さなパーツを削り出していきます。それぞれのパーツは、出来上がりの色や濃淡、そして模様をイメージしながら同じ形状のものをいくつも作ります。そのパーツを複数枚重ね、それを熱で溶かしプレスしていくことでフレームの形を作っていきます。

鱗板の模様や色はそれぞれで異なります。複数枚を重ね合わせていくことで、様々な表情が生まれていきます。厳密に言えば、一つとして同じ色は再現されず、甲羅ごとの相性により、柄と色の変化が生まれます。当然、どのようにして相性の良い鱗板同士を重ねるのか、センスが問われる工程です。

クリップで仮止めされた、張り合わせる前の鱗板。表面を目の細かい紙やすりで削ることで密着度を高めます。

細やかな調整を何度も繰り返しパーツを作っていきます。こうした一つ一つの作業が手作業によって行われていきます。

鱗板を貼り付けるのに使用するのはなんと水と熱だけ。化学的な接着剤は一切使いません。これは、べっ甲自体がタンパク質であり、接着剤の代わりとなるニカワ成分を持ち合わせている素材であるためです。ニカワは化学的な接着剤が発明されるまで、ほとんどすべての接着関連作業に利用されていました。
バラバラに作られた同じ形のパーツ同士を隙間なく糸で縛り密着度を高め、水に浸します。それを熱せられた鉄板に挟みプレス機に掛け、水で鉄板の温度調整をしながら貼り合わせていきます。

重ねた鱗板に圧力をかけるプレス機。熱したコテ(鉄板)に板を重ねて、間接的に熱を伝えます。

プレス用のコテ(鉄板)。ニカワ成分は70度前後で溶け出すため、熱すぎるとべっ甲が焦げてしまいます。鉄板に水をかけながら、微妙な温度調整をしていきます。温度計などはなく、職人さんの経験による感覚で調整をします。

たんぱく質の甲羅からニカワが溶け出す温度が70度前後。しかし、鱗板の硬さがそれぞれで違うため、鉄板の温度を微妙に変える必要があります。表面を削る際に鱗板の硬さを一つずつ手で確かめ、硬いものには高めの熱をかけ、柔らかいものには低めの熱をかける。こうした作業は、細やかな調整ができる手作業だからこそ可能で、非常に繊細な人間の感覚に基づきます。 この作り方は江戸時代から変わっていないという伝統的な手法です。今見ても当時の暮らしを思い描けるような気さえしてくるのは、気のせいでしょうか...

この後、同じ工程を繰り返し作られた各パーツを、またさらに水と熱でつなぎ合わせメガネの形にした後、磨きをかけべっ甲フレームとして完成します。

大澤社長自ら品質を確かめ念入りに進めていきます。

べっ甲は復元性がとても高く、蒸らせば元の厚みに戻ります。また、水と熱だけで接着が可能なべっ甲の特性から、破損しても修理が可能。代替えのきかない貴重な天然素材です。

この世代をも跨ぐ素材べっ甲によるフレームは、グロス銀座の方でお手元にとってご覧いただけます。ぜひお気軽に店舗の方までお越しください。

一体この中に何枚のべっ甲の鱗板が重なっているのか.... 以前よりこの素材から感じていた、言葉には言い表せない奥深いものの答えが、今回の取材を通じて感じ取れた気がしました。そこには透き通るようでいて深い重みがありました。

JH-T01 上トロ/トロ茨甲Ⅱ

サイズ:
55□16-147

カラー:
上トロ×トロバラ甲IIカラー(写真)
白甲×並甲
上トロ×バラ甲

希望小売価格:
¥864,000(税込)

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